2022年03月11日
韓非子(20)

《大体篇②》
「道に因(よ)り 法を全うし 君子楽しみて 大姦止む。端然として間静し 天命に因り 大体を持す。かくのごとし」
*自然の道理に完全に従い、法を完璧に行使したならば君子は平安を楽しんで大悪人の悪業は無くなる。君主は心静かにひっそりと存在し、天命に従って【大体】(物事の本質)を手にしている。理想的な政治とはこのようなものである。
究極の、法による統治の在り方・理想像である。法により悪を撲滅し、平和な社会を実現することが法家の理想なのではないかと思う。そのような社会では統治者は空気のような存在となり、かつ、社会のニーズやトレンドを的確に把握し続ける能力を要するらしい。
(韓非子 終わり 暫くは次の文献読破に費やします)
2022年03月10日
韓非子(19)

《大体篇①》
【大体】とは物事の本質を指す。
「利 簡より長きはなく、福 安より久しきはなし」
*様々な利益の中で、政治の簡明さがもたらすものほど長続きするものはなく、様々な幸福の中で社会の平安がもたらすものほど久しく続くものはない。
「法」と「術」により実現された理想の世界では、人々は法治の恩恵に浴し、平和で穏やかであると法家は主張する。軽い犯罪に重い刑罰を用いれば軽い犯罪はなくなる。軽い犯罪すら発生しないならば重い犯罪は起こりえない。故に軽い犯罪にも重い刑罰を科す、というのが法家の理論的根拠となっている。
2022年03月09日
韓非子(18)

《五蠧(ごと)篇③》
「聖人は多少を議し薄厚を論じこれが政を為す。俗にかないて行えばなり。故に事世に因り而して備え事に適う」
*聖人は常にその時代の風俗に適応させて政治を行う。聖人の行う事業は常にその時代の要求に依拠しており、そしてその為の準備は必ずその事業に適応している。
「事 異なれば則ち備え変ず」
*(時代によって)為すべき事柄が異なれば、それに対する備えも変化するものだ。
全ての人が質素で欲の少ない生活で満足できるなら道徳で治めることが出来るが、利便性を求め、様々な欲望のもとにある競争社会では不可能である。韓非の目には、平均的人間はどこまでも物欲に支配されていると映っていたのである。
2022年03月08日
韓非子(17)

《五蠧(ごと)篇②》
人口論こそ韓非の歴史観を支える大切な要素である。その理由は、人口増加が社会に脅威と混乱をもたらすからであった。
富んだ人間から税を徴収し貧しい人間に施すことは、成功した者の成果を失敗した者が奪い取ることに他ならない、とも述べ、韓非は競争社会における敗者を人生の落後者と見なしている。
「是を以て人の譲る事におけるや、古の天子を辞すを軽んじ今の県令を去るを難しとするは、薄厚の実(じつ)異なればなり」
*自分の地位を他人に譲る場合、昔の天子は辞することに何の未練もなく、軽やかにたやすく譲ったが、今の役人は辞することを惜しんで難渋するのはなぜか?それは地位によって得られる利益が薄い(少ない)か厚いか(多い)という実質的(実利的)な差異であるからである。
古の時代は、地位によって得られる実利など別になかった。時代が下がるにつれ、地位の実利がついて回るようになり、人は欲望に負けてしまっている。
2022年03月07日
韓非子(16)

《五蠧(ごと)篇①》
五蠧とは国に巣食う五つの害虫の意。①学者(儒家)②任侠③外交問題を説く者④近習⑤商人・職人、を指す。
<「聖人は修古を期せず、常可に則らず、世の事を論じ、因りて之が備えを為す」
*聖人は昔の聖人たちが行ったことを習得するなど期待しないし、いつの時代にも通用するものを手本にせず、今の時代の急務である事柄を論究し、それにより急務の準備万端と為すものである。
各時代ごとに社会状況が異なっているから、政治手法もそれに従って変化させなければならない。
「今、先王の政を以て当世の民を治めんと欲するは、皆 株を守るの類なり」
*昔の王の政治の仕方でもって現代の民を治めようというのは、以前のラッキーを期待して切り株を見守って兎の出現を待つようなものだ。(柳の下の二匹目の泥鰌)
先例を踏襲するだけの柔軟性のない政治運営では大きなトラブルを起こしかねない。そこには進歩がないからである。