2022年02月10日
荀子(27)
《儒効》
「人各々の徳に応じて地位を定め、能力に応じてポストを与える。それによって全ての事物が安定をきたし、不意の事態にも適切な措置がとれるようになる」
*君主の管理者的機能についてである。管理者は万能でなくともよく、如何にして人々の能力を発揮させられるかが肝心なのである。
「どんなことであれ実用になるものを採用し、実用にならぬものは棄てる。実用になることが道にかなったことであり、実用になる学説が道にかなった学説である」
*荀子の効率主義的な考え方が現れていると思う。現代では企業、とくに外資系の企業の運営方針をイメージさせる。ただ、実利主義一辺倒になった場合に弊害もあることを忘れてはならない。程々の余裕というか、遊びも人間社会には必要なエッセンスであると思う。
「名声とは人と競えば逃げてゆき、人に譲ればかえってやってくる。謙虚であれば高まってゆき、壮語すれば消えてゆく」
*売名行為で得た名声は長続きしないし、得た名声で驕慢になってはその価値を失う。名声とは自然に高まるものであり、得たからと言ってその人を価値づける材料ではない。しいて言えば山のようなもの。頂を目指して登っていった結果、素晴らしい眺めの場所に到達しただけであって、その人そのものは何か特別な能力を得たわけではない。立っている所がそうだというだけのことである。
「学問は実践にゆきつかなければ意味がない」
*実践にゆきつかない学問を「机上の空論」と呼ぶ。
・荀子は聖人・君子を人間という個体ではなく礼・義を実践することにより到達した人格としている。
・荀子は新興勢力が中央集権的な政治体制をつくることに理論的根拠を与えている。
(荀子終わり 次回からは韓非子を読み解いてゆきます)
「人各々の徳に応じて地位を定め、能力に応じてポストを与える。それによって全ての事物が安定をきたし、不意の事態にも適切な措置がとれるようになる」
*君主の管理者的機能についてである。管理者は万能でなくともよく、如何にして人々の能力を発揮させられるかが肝心なのである。
「どんなことであれ実用になるものを採用し、実用にならぬものは棄てる。実用になることが道にかなったことであり、実用になる学説が道にかなった学説である」
*荀子の効率主義的な考え方が現れていると思う。現代では企業、とくに外資系の企業の運営方針をイメージさせる。ただ、実利主義一辺倒になった場合に弊害もあることを忘れてはならない。程々の余裕というか、遊びも人間社会には必要なエッセンスであると思う。
「名声とは人と競えば逃げてゆき、人に譲ればかえってやってくる。謙虚であれば高まってゆき、壮語すれば消えてゆく」
*売名行為で得た名声は長続きしないし、得た名声で驕慢になってはその価値を失う。名声とは自然に高まるものであり、得たからと言ってその人を価値づける材料ではない。しいて言えば山のようなもの。頂を目指して登っていった結果、素晴らしい眺めの場所に到達しただけであって、その人そのものは何か特別な能力を得たわけではない。立っている所がそうだというだけのことである。
「学問は実践にゆきつかなければ意味がない」
*実践にゆきつかない学問を「机上の空論」と呼ぶ。
・荀子は聖人・君子を人間という個体ではなく礼・義を実践することにより到達した人格としている。
・荀子は新興勢力が中央集権的な政治体制をつくることに理論的根拠を与えている。
(荀子終わり 次回からは韓非子を読み解いてゆきます)
2022年02月09日
荀子(26)
《非十二子》
「沈黙の意義を知ることは発言の意義を知ることなのである」
*昨今は発言したもの勝ち、声の大きいもの勝ち、の風潮があるように思うが、その意義を意識している者は果たしてどのぐらいいるのだろうか。
「発言一つ一つが礼・義に合致するのは聖人である。発言すればすべて法に合致するのは君子である」
*我々普通人は、発言の整合性と言動の一致、を先ずは心にとめておくべきだし、何より正直であることが不可欠である。
「古(いにしえ)の在野の人物は徳が高かった。じっくりと我が道を歩んで正しい行いに努めていた。自分の為すべきことを悟っていたから動揺することがなかった」
*かつては人口も少なく、情報量も限られていたからこのようなことも可能であっただろうが、現代ではこの環境を探すのは中々に難しい。それでも自らの使命を自覚したら、ひたすらそれに専念することは意識しなくてはならない。
「名誉を餌に釣られもせず、中傷にひるみもしない。ひたすら道に従って我が身を正しく持し、外物の刺激に心を惑わされることはない。これが真の君子である」
*自分の行いをブレずに信じ、利己的な欲望を捨て、為すべきことを為す、これが君子である。
「沈黙の意義を知ることは発言の意義を知ることなのである」
*昨今は発言したもの勝ち、声の大きいもの勝ち、の風潮があるように思うが、その意義を意識している者は果たしてどのぐらいいるのだろうか。
「発言一つ一つが礼・義に合致するのは聖人である。発言すればすべて法に合致するのは君子である」
*我々普通人は、発言の整合性と言動の一致、を先ずは心にとめておくべきだし、何より正直であることが不可欠である。
「古(いにしえ)の在野の人物は徳が高かった。じっくりと我が道を歩んで正しい行いに努めていた。自分の為すべきことを悟っていたから動揺することがなかった」
*かつては人口も少なく、情報量も限られていたからこのようなことも可能であっただろうが、現代ではこの環境を探すのは中々に難しい。それでも自らの使命を自覚したら、ひたすらそれに専念することは意識しなくてはならない。
「名誉を餌に釣られもせず、中傷にひるみもしない。ひたすら道に従って我が身を正しく持し、外物の刺激に心を惑わされることはない。これが真の君子である」
*自分の行いをブレずに信じ、利己的な欲望を捨て、為すべきことを為す、これが君子である。
2022年02月08日
荀子(25)
《正名》
「分かりやすくて誤解を起こさぬ名称が優れた名称なのだ」
・詭弁は言葉と実体を遊離させるものである。
・荀子の合理精神は事実に合わない議論を認めない。
・一般に、常識には飛躍が無く、停滞をもたらし易く、創造的な人間が生まれることなく、新しい文化も発生しにくい。
「欲望の有無は先天的に決まっており、欲望の多少は感情によって決定される。(欲望の有無・多少は)社会の混乱とは無関係である」
*人の欲望というものはその社会情勢や時代の風潮に左右されるものではないという説。欲望は個人に帰結するものであり、社会や時代のせいにするのは見当違いであるという事だろう。
「欲望のままに行動しないのは心が制禦しているからで、心が条理にかなった判断を下す限り、欲望がいかに多かろうと秩序破壊の原因にはならない」
*個々人が精神的にしっかりしていれば、欲望をコントルールして世の中を乱すようなことを引き起こすことは無い。条理にかなった判断が出来ない者が犯罪を犯すのである。
「(自らの)欲望が達成できるかを判断して、これを誘導するのが理性である」
*自分の欲求・望みをかなえられるか否かの判断、力量とどう折り合いをつけるかの誘導、を行うものが理性である。
「道にかなった欲望ならどんどん伸ばすがよい。道に背いた欲望ならきっぱり捨てるがよい。だから知者は欲望が道にかなっているかどうかだけを問題にする」
*善い欲望と悪い欲望があるという事か。道理にかなった欲望とはどんなものか、今一度考えてみたい。
「分かりやすくて誤解を起こさぬ名称が優れた名称なのだ」
・詭弁は言葉と実体を遊離させるものである。
・荀子の合理精神は事実に合わない議論を認めない。
・一般に、常識には飛躍が無く、停滞をもたらし易く、創造的な人間が生まれることなく、新しい文化も発生しにくい。
「欲望の有無は先天的に決まっており、欲望の多少は感情によって決定される。(欲望の有無・多少は)社会の混乱とは無関係である」
*人の欲望というものはその社会情勢や時代の風潮に左右されるものではないという説。欲望は個人に帰結するものであり、社会や時代のせいにするのは見当違いであるという事だろう。
「欲望のままに行動しないのは心が制禦しているからで、心が条理にかなった判断を下す限り、欲望がいかに多かろうと秩序破壊の原因にはならない」
*個々人が精神的にしっかりしていれば、欲望をコントルールして世の中を乱すようなことを引き起こすことは無い。条理にかなった判断が出来ない者が犯罪を犯すのである。
「(自らの)欲望が達成できるかを判断して、これを誘導するのが理性である」
*自分の欲求・望みをかなえられるか否かの判断、力量とどう折り合いをつけるかの誘導、を行うものが理性である。
「道にかなった欲望ならどんどん伸ばすがよい。道に背いた欲望ならきっぱり捨てるがよい。だから知者は欲望が道にかなっているかどうかだけを問題にする」
*善い欲望と悪い欲望があるという事か。道理にかなった欲望とはどんなものか、今一度考えてみたい。
2022年02月07日
荀子(24)
《解蔽(かいへい)②》
「あらゆるものを比較対照してその中ほどに基準を置く。その基準となるものこそ 道 である」
*あらゆるものを比較対照しないと基準となるところが定まらない。偏った事象だけで基準を得ようと思っても無理なのである。
「心は何によって道を認識するのか? 虚心 集中 静止 によって認識するのである」
虚心:すでに記憶したことが以後の記憶を妨げないこと(先入観に捉われない)
集中:あるひとつの事物の認識が他の事物の認識を妨げないこと(偏見・思い込みに捉われない)
静止:夢や幻想の為に認識が乱されないこと(現実から乖離しない)
「一つの物事だけに詳しい人はその物事のことしか分からないが、道に詳しい人は色々な物事のことが分かる」
*専門家も悪くないが、内に入りすぎて視野が狭くなるきらいがなくはない。いろいろな物事に通じながらも得意な分野を有するというのが理想なのである。
「愚者の判断はあやふやな根拠に基づきあやふやな心によって下される。出てくる結論は見当外れに決まっている」
*しっかりした根拠とその考察を基に、頭を適正に働かせて判断できる者が賢者であるのだ。あてずっぽうで自分の都合の良い判断を下してばかりいる人間、決して少なくないのが現代の惨状であるが.....
・心が偏見に捉われるから人は道理を見誤り、間違った行動をするのだと荀子は述べている。
「あらゆるものを比較対照してその中ほどに基準を置く。その基準となるものこそ 道 である」
*あらゆるものを比較対照しないと基準となるところが定まらない。偏った事象だけで基準を得ようと思っても無理なのである。
「心は何によって道を認識するのか? 虚心 集中 静止 によって認識するのである」
虚心:すでに記憶したことが以後の記憶を妨げないこと(先入観に捉われない)
集中:あるひとつの事物の認識が他の事物の認識を妨げないこと(偏見・思い込みに捉われない)
静止:夢や幻想の為に認識が乱されないこと(現実から乖離しない)
「一つの物事だけに詳しい人はその物事のことしか分からないが、道に詳しい人は色々な物事のことが分かる」
*専門家も悪くないが、内に入りすぎて視野が狭くなるきらいがなくはない。いろいろな物事に通じながらも得意な分野を有するというのが理想なのである。
「愚者の判断はあやふやな根拠に基づきあやふやな心によって下される。出てくる結論は見当外れに決まっている」
*しっかりした根拠とその考察を基に、頭を適正に働かせて判断できる者が賢者であるのだ。あてずっぽうで自分の都合の良い判断を下してばかりいる人間、決して少なくないのが現代の惨状であるが.....
・心が偏見に捉われるから人は道理を見誤り、間違った行動をするのだと荀子は述べている。
2022年02月04日
荀子(23)
《解蔽(かいへい)①》
「なぜ心は惑わされるのか。好悪の感情に左右されるからだ。始終一方だけにとらわれるからだ。遠近一方だけにとらわれるからだ。広狭一方だけにとらわれるからだ。過去現在の一方だけにとらわれるからだ」
・元来、人間には事実を事実として見ようとしない心理的傾向がある。自分のイメージに合うもの(だけ)を選び、あるいは自分の有しているカテゴリーに当てはめようとしがちである。一部分にフォーカスするのではなく、全体的な視野で客観的に物事を見なければならない。
「賢人を見い出す人、それが聡明な人物だ。賢人を補佐する人、それが有能な人物だ。聡明と有能を目指して努力するならば幸福は永続きする」
*向上を求める努力は、たとえ結果が伴わなくとも精神的な充足感が得られる源となるものである。人間は一人では生きられないが故に、【人を見る目】を養うことで、安定した人生を送れるようになる。
「実用ばかり重んじれば功利主義に走ってしまう。欲望ばかり重んじれば充足の追求に走ってしまう。法律ばかり重んじれば小手先の法律技術に走ってしまう。権勢ばかり重んじれば便宜主義に走ってしまう。詭弁ばかり重んじれば議論に走ってしまう。天道ばかり重んじれば運命論に走ってしまう」
*つまりは、視野が狭くなると極論に走ってしまう事を戒めている。バランス感覚を欠いてはならない。
「なぜ心は惑わされるのか。好悪の感情に左右されるからだ。始終一方だけにとらわれるからだ。遠近一方だけにとらわれるからだ。広狭一方だけにとらわれるからだ。過去現在の一方だけにとらわれるからだ」
・元来、人間には事実を事実として見ようとしない心理的傾向がある。自分のイメージに合うもの(だけ)を選び、あるいは自分の有しているカテゴリーに当てはめようとしがちである。一部分にフォーカスするのではなく、全体的な視野で客観的に物事を見なければならない。
「賢人を見い出す人、それが聡明な人物だ。賢人を補佐する人、それが有能な人物だ。聡明と有能を目指して努力するならば幸福は永続きする」
*向上を求める努力は、たとえ結果が伴わなくとも精神的な充足感が得られる源となるものである。人間は一人では生きられないが故に、【人を見る目】を養うことで、安定した人生を送れるようになる。
「実用ばかり重んじれば功利主義に走ってしまう。欲望ばかり重んじれば充足の追求に走ってしまう。法律ばかり重んじれば小手先の法律技術に走ってしまう。権勢ばかり重んじれば便宜主義に走ってしまう。詭弁ばかり重んじれば議論に走ってしまう。天道ばかり重んじれば運命論に走ってしまう」
*つまりは、視野が狭くなると極論に走ってしまう事を戒めている。バランス感覚を欠いてはならない。