2021年07月19日
呂氏春秋(36)

(序)
「天の道を順といい、天道に順応すれば成長する。地の道を固といい、堅固な意志を持てば安寧である。人の道を信といい、信愛であれば誰もが聴き従う。この3つのものが適切であれば、自然にして無為のうちに万事が行われる。この3つの道をふみ行い、理法に従い、私欲を捨て去ることが(政治を行う上で)大切なのだ。」
(天下を治めるものの心構えを説いた一文。世の中の流れ、堅固な意志、信用と愛情、を大切にせよ。また、理法にしたがい、私欲を捨て去るといのは、理想の社会人としての姿ともいえる。)
~【呂氏春秋】終わり 次回からは「十八史略」を読み解いてゆきます。~
2021年07月16日
呂氏春秋(35)

(介子推の固い節操)
「富貴であれば人を得るのも易しいが、貧賤であればそれも難しい。(介子推のように)利益すら必要としない、世俗とかけ離れた所に生きるのが隠者の理想なのだ。」
(介子推という男は晋の文公が覇業を成すまで仕えた名臣だが、覇業が成ると(もはや主君の為に出来る仕事は無いと)山林に潜み隠者となった者である。文公の苦労時代でも決して主君を裏切ることは無かった。一度引退した後はどんな利益をも目もくれず、隠遁生活を全うした。)
(復讐の論理)
「予譲という者は一国の賢士であるのに、それでもやはり人が自分をどう思い、待遇したかを問題とする。ましてや普通の人なら尚更のことだ。」
(待遇や他人の評価を問題にすることが悪のように思われていた時代にあって、それを肯定している。人間の本質をよく表していると思う。お題目だけで飯は食えないよってことだろう。)
2021年07月15日
呂氏春秋(34)

(名医の死)
「そもそも平和な時世での忠義は容易だが、乱世における忠義は難事である。」
(平時における忠義というものはお互いに余裕があるがゆえに危険度は少ない。しかし緊急時における忠義というものはお互いがぎりぎりの精神状態であるため、互いの生命を損なう危険をはらむものとなる。)
(せっかくの先見の明も)
「惑乱している者の禍患(かかん)は、間違っていない者を間違っていると決めつけるところにある。」
(惑乱している者が組織のトップである場合、この弊害は顕著である。正誤・善悪・正邪をしっかり見極められるトップや管理層の居る組織は安泰である。)
逸話 斉と魯の将来について
周王朝を建てるにあたり功績のあった【太公望 呂尚】と【周公 旦】は親友同士であった。呂尚は斉に、旦は魯にそれぞれ封じられたがその時にお互いの国をどのように治めるか質問し合った。
太公望呂尚は「賢人を尊重し実績を評価する」と言った。旦は「斉は将来、取って代わられるだろう」と予言した。
周公旦は「身内を大切にし、恩愛を大事にする」と言った。呂尚は「魯は将来、弱体化するであろう」と予言した。
この予言はそれぞれ現実のものとなるのである。
(能力主義(実力経営)を貫けば、組織は存続してもトップは交代することになる。同族主義(温情経営)を貫けば、その組織には寿命が訪れる、ということを示唆しているのではないかと思う。どちらかを選べと問われれば、社会的責任の観点からは、やはり能力主義でなければいけないだろうと思う。)
2021年07月14日
呂氏春秋(33)

(物ごとへの対応)
「物ごとへのはたらきかけが当を得たか否かによって、治乱・存亡・生死が分かれる。」
(適正な行動や判断ができれば物ごとは上手くいく、ということ)
(生命がけの忠)
「生命がけの篤実な行為は、知っているからと言って(他の)人に勧めることもできないし、知らないからと言って(知らない)人を非難するわけにもいかない。」
(自身の生命を失うことすら厭わない果敢な行動は、人に強制できるものではないし、そういう行動を思いもしない者を批判することもナンセンスである。)
2021年07月13日
呂氏春秋(32)

(賢者の遺言)
「賢い者は不利な点を有利に転化することをわきまえ、人の悪(にく)むことを自分の喜びに転化する術を知っている。」
(普通の人と視点や考え方が違うのが智者、賢人の類の条件である。欠点を見方を変えて長所に転じ、困難を発想を変えて違う方向から克服する。)
(器量のちがい)
「その知が精審であるほど選び取るものも精審であり、その知が疎略であるほど選び取るものも疎略である。」
(知性が磨かれるほど、その感覚にふれるものは精密で精緻なものとなる。まだまだ大雑把な段階の知性では、捉えることが出来る事象も大雑把なものである。)